福島県本宮市

安達太良太鼓保存会

あだたらだいこほぞんかい

福島県本宮市にある安達太良神社の秋季例祭で、28年前から安達太良太鼓が奉納されている。安達太良太鼓保存会は人づくり、ふるさとづくりの基盤となり、地元の活性化にもつながることが期待されて昭和59年(1984)に誕生した。『勇駒』『飛龍三段返し』『安達太良回禱(ねんじり)太鼓』などの曲はすべて新しく創作されたものだ。それも50年たてば伝統芸能になるだろう。

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◎安達太良神社に由来する「本宮」

 「そいや!」とかけ声がかかると太鼓がドドーンと打たれ、銅鑼(ドラ)の音がグワーンと響き、「いさみごまだあ!」という叫び声とともに太鼓の演奏が始まった。本宮(もとみや)市の安達太良(あだたら)神社の参道鳥居前で演奏するのは安達太良太鼓保存会のメンバー。宮司はじめ多くの人がダイナミックな響きに耳を傾けていた。
 福島県のほぼ中央に位置する本宮市は、かつては奥州街道、会津街道、三春街道が通る交通の要衝であり、宿場町として栄えた。本宮という名称は安達太良神社に由来する。久安2年(1146)創建で安達郡の総鎮守。毎年10月の第4土曜日をはさむ3日間、秋季例祭が斎行される。

安達太良太鼓

◎秋季例祭の裸神輿と真結女神輿

 平成24年(2012)10月26日、秋季例祭宵宮の日の夕方、本宮市の目抜き通りには露店が並び、歩行者天国の道路を親子連れや若いカップル、観光客などが闊歩していた。次第に暗くなる中、たくさんの提灯を取り付けた、先囃子(さきばやし)と呼ばれる太鼓台の山車がやってきた。本祭りの日には裸神輿で知られる神輿渡御が行われる。昭和62年(1987)から女性が担ぐ真結女(まゆみ)神輿が加わり、祭りをいっそう盛り立てている。この秋祭りで、28年前から安達太良太鼓が奉納されている。

先囃子

◎人づくり、ふるさとづくりの基盤

 安達太良太鼓保存会の打頭、渡辺徳太郎さん(63)によると、安達太良太鼓保存会は昭和59年(1984)に創設された。先囃子の太鼓は昔から続いているが、以前とはリズムが違ってきている。このままでは伝統的な太鼓がわからなくなるということで、記録を残す町の事業が始まった。同時に、年に1度しか聞くことができない先囃子と違って、いつでも演奏でき、聞くことができる太鼓をつくろうということになった。それは人づくり、ふるさとづくりの基盤となり、地元の活性化にもつながることが期待された。
 渡辺さんは当時本宮町役場でまちづくりに携わっていた。太鼓は打ったことがなかったが、音楽好きだったので参加した。今では日本太鼓財団の福島県支部副会長であり、1級公認指導者でもある。

渡辺徳太郎さん

◎曲はすべて創作されたもの

 27日午前10時に先囃子が安達太良神社の参道前を出発したあと、安達太良太鼓の奉納演奏が始まった。この日に演奏された曲を安達太良太鼓保存会の国分義正会長(73)に紹介していただいた。
 「最初の曲は『勇駒』でもっともよく演奏される曲です。次は『飛龍三段返し』、これは神楽太鼓の一種で、途中で『転禍招福息災延命』という祝詞を唱えます。3曲目は『安達太良回禱(ねんじり)太鼓』。これは安達太良の神を拝みまわすという曲です」
 安達太良太鼓保存会で演奏する曲はすべて新しく創作されたものだ。渡辺さんによると、「これは私たちの太鼓の指導者小口大八先生のお考えに基づいています。伝統的な太鼓もいつか誰かがつくったものです。新しく創作されたものも50年たてば伝統芸能になるのです」。

安達太良太鼓保存会

◎新しい伝統づくり

 安達太良太鼓保存会のメンバーは約50名。稽古は週2回、青田地区公民館でやっている。ところが、東日本大震災で公民館の天井が落下しいくつもの太鼓が破損してしまった。そこでまつり応援基金の支援を受けることになり、宮太鼓4台と桶胴太鼓1台を購入することができた。
 どんなに歴史のある伝統芸能も、最初に登場したときは新しく、しかも他から学んだものであることが少なくない。それが長い時間の中で人々に親しまれ、定着することによって、「伝統」と呼ばれるものになっていく。それは人づくり、ふるさとづくりにもつながる。安達太良太鼓保存会の活動はその過程を見事に体現している。
(原 章)

安達太良川と安達太良山

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