岩手県上閉伊郡大槌町

城内大神楽保存会

じょうないだいかぐらほぞんかい

平成24年(2012)9月22日、岩手県の大槌町にある小鎚神社は、江戸時代から続く祭典の宵宮を迎えた。祭りの熱気にあふれる境内で、城内大神楽は新調された獅子頭を激しく動かして奉納舞を行った。「人も家も獅子頭も失われ、城内大神楽はもう20年も30年も復活できないのではないかと思って途方に暮れていた」と語る保存会の小林一成(かずしげ)会長の顔にも気合いが入っている。

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◎町民こぞってお祭り好き

 東日本大震災から1年半が過ぎた平成24年(2012)9月22日、岩手県上閉伊(かみへい)郡大槌町にある小鎚神社は、江戸時代から続く祭典の宵宮を迎えた。夕方になると境内は大(だい)神楽(かぐら)、鹿踊(ししおどり)、虎舞(とらまい)の人たちや見物客で埋まり、祭りの熱気で沸き立っていた。
 芸能の盛んな東北の中でも、とりわけ大槌町は町民こぞってお祭り好きで知られる。就職や学業でこの地を離れた人たちも、盆や正月には帰らなくても、お祭りになると何を置いても帰ってくるという。

鹿踊

◎復興祈願と鎮魂のための祭典

 大槌町は、大槌湾に流れ込む大槌川と小鎚川に挟まれた沿岸部が市街地の中心で、震災前は町民約1万5千人のうち4割くらいの人がこの地域に住んでいた。ところが大津波が大槌川、小鎚川を遡り、この地域は壊滅的な被害を受けた。小鎚神社もその一角にあるが、山すそにあったため津波の被害は免れた。
 それにしても、あまりにたくさんの命が失われ、家も流失して多くの町民が避難所暮らしを強いられた。東日本大震災が起きた年、秋の小鎚神社の祭典は開催が危ぶまれたが、復興祈願、鎮魂のためにも祭りをやろうという声が強く、例年より規模を大幅に縮小して行われた。

小鎚神社

◎10頭の獅子頭がそろい、山車も新調

 かつて大槌町には大槌城があった。そのお膝元が城内で、今は上町(かみちょう)と呼ばれる。江戸時代から、この地域の人たちが城内大神楽を伝えてきた。
 大神楽にとって獅子頭はご神体である。城内大神楽保存会は獅子頭を12頭もっていた。それらは小林一成(かずしげ)会長(72)宅の床の間に祀られていた。地震直後、小林会長は津波の襲来に備えて住民を避難させた。獅子頭を取りに行くどころではなかった。あとで1頭だけ見つかったが、片耳が取れ、あちこちが傷んでいた。
 「私も次女が行方不明になりました。人も家も獅子頭も失われ、城内大神楽はもう20年も30年も復活できないのではないかと思って途方に暮れていたんです。政府も県も期待できない。そこへ、救いの手を差し伸べてくれたのが日本財団さんでした。だから、日本財団さんには感謝の気持ちでいっぱいです」
 まつり応援基金のおかげで城内大神楽では9頭の獅子頭が作られた。水に浸かった大太鼓3個と小太鼓3個は、胴を塗り直し、皮を張り替えた。
 これまで使っていた山車は津波で壊れてしまった。そこで地元の大工の棟梁、小石幸悦さん(65)が新しく制作することになり、中須賀大神楽のものと城内大神楽のものと2基がまつり応援基金でつくられた。

小林一成会長

◎後継者養成のために

 平成24年の祭典では17の団体が奉納を行った。城内大神楽も宵宮の夜、境内で奉納舞を行った。大槌町の大神楽の主な演目には東西南北の四方を清め払う「四方(しほう)固め」のほか「通り」「獅子矢車」などがある。太鼓や笛、手平鉦(てびらがね)の歯切れのいいリズムに合わせて、ささらを持った子どもたちが獅子をあやし、大人がダイナミックな獅子を演じる。何度も大きな拍手が起こった。
 城内大神楽保存会の会員は子どもを含めて現在約50名だが、この伝統を絶やさないために後継者養成に余念がない。5、6年前から女子の参加も認めた。
 23日の本宮当日、小鎚神社の神輿(みこし)は白い官服を着た社人会(しゃにんかい)の人々に担がれて7つのお旅所を渡御した。その中には町長はじめ約40人の職員の方が犠牲となった旧町役場前も含まれていた。
 大槌町では平成26年から土地のかさ上げ工事が始まる。
(原 章)

子どもたち

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