気仙沼市唐桑町大沢

賀茂神社五日堂祭・柴木まつり

かもじんじゃいつかどうさい・しばきまつり

平成27年(2015)1月3日(土)、宮城県気仙沼市唐桑(からくわ)町大沢地区で正月のお祭りが催された。
このお祭りは、旧暦閏年(うるうどし)の翌年正月に、賀茂神社の「五日堂祭」と、伊勢神楽の「柴木(しばき)まつり(伊勢祭)」との合同で行われるものである。東日本大震災が起きた2011年が閏年だったが、翌年の正月は賀茂神社の五日堂祭だけが行われた。震災から4年目を迎えたこの年、ようやくもとの形に近づいた。

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◎伊勢神楽

 午前8時半、雪がちらつく中、伊勢神楽の神輿(みこし)<本来は山車(だし)>が復興支援の施設「大沢カフェ」前を出発し、柴木まつりが始まった。神輿も、笛や太鼓が乗るトラックも、色とりどりの紙花で飾られている。
 最初に向かうのは旧家の賀美家(屋号)。賀美家では江戸時代中頃、伊勢神宮に参詣したときに受けたお札を神棚でお守りしている。そのお札を山車に移し、集落内を巡幸するのがこのお祭りである。
 午前9時、神輿が賀美家に到着。お札を移したあと沢虎舞(さわとらまい)が演じられ、6人の女性の踊り子がテンポよく踊った。

神輿

◎沢虎舞と打囃子

 沢虎舞保存会会長の吉田徳司さん(70)によると、沢虎舞は明治45年(1912)正月のお祭りのとき、賀茂神社の神輿のお供として初めて登場した。昔は子どもの踊り子がたくさんいた。伊勢神楽や沢虎舞が練り歩いた地域の田畑は豊作になると言われている。賀美家を出発した伊勢神楽と沢虎舞はさかんに囃子(はやし)を演奏しながら地域を巡り、賀茂神社に向かった。
 巡幸の道中2カ所と賀茂神社の境内では打囃子(うちばやし)が演奏される。3台の長胴太鼓と11台の桶胴太鼓を打つのは地元の小学生で、笛は小学生と大人が交代で吹いていた。代表の加藤桂子さん(42)のお話では、打囃子はもともと子どもだけでやっていたが、子どもが少なくなったため、東日本大震災の1年前に小学校のPTAに任された。

先囃子
先囃子

◎五日堂祭

 午前10時、伊勢神楽、沢虎舞が賀茂神社境内に到着。囃子が奏される中、賀茂神社社殿で小原真朝彦(おばらまさひこ)宮司のあいさつに続き祭典が始まった。賀茂神社の祭典は五日堂祭という。小原宮司によると、昔、賀茂神社の法印(修験者)が五日間お堂に籠(こも)り、籠り明けに神輿が地域を巡った。いまは賀茂神社の大神様を神輿に移し、海岸に出て潮垢離(しおごり)をし、御神威を新たにして地域の人々を見守っていただいている。
 賀茂神社は東日本大震災の津波で床上浸水した。神輿は流出をまぬがれたもののあちこち傷つき、痛ましい姿になっていた。また、小原宮司も会員である本吉太々法印神楽(もとよしだいだいほういんかぐら)保存会の装束、面、太鼓などの道具一式を賀茂神社の社務所で保管していたが、それらもすべて潮水に浸かり、使えなくなった。そこで日本財団などの支援を受けて神輿は解体修理され、神楽の道具などはすべて新調して神楽道具所蔵庫を造って保管している。
 社殿での祭典が終わると、神輿渡御(とぎょ)祭が催行された。白装束の8人の人たちが神輿を担ぎ、氏子の人たちも協力しながら、社殿前の急な階段を下ろす。地面まで下りると、神輿は浜のそばまで渡御する。
 神輿が到着すると、笹竹で四方を囲われた中に安置され、宮司が祝詞をあげて潮垢離の儀式を行う。神輿は海には浸けず、ご弊で潮水を振りかける。
 神輿の担ぎ手のひとり吉田恵一さん(72)にお話をうかがった。「地区の若い人たちは減っていますが、今日はけっこうお祭りのために帰ってきていますね。それを私たちは願っていました。この地区ではこれが一番大きなお祭りなので、遠くに行っている人たちも帰ってくる。お祭りがないと人の輪がつながらないので、多少形が変わったとしてもなくしてはいけないと思います」。

神輿渡御
神輿渡御

◎氏地巡幸

 浜での神事が終わると、神輿はうっすらと雪が積もった氏地を巡幸する。大沢地区は約190戸あったが、大震災の津波で8割近くが流失あるいは浸水の被害を受け、約40人の方が亡くなったり行方不明になった。地区の高台で住宅建設が始まっていて、平成27年の春頃には個人の住宅や公営住宅あわせて約80戸の家が建つという。
 この日のお祭りには参加者も多く、家族が沿道で迎えたが、その多くの人たちが、離れたところにある仮設住宅から来ていた。そのため、例年必ず参拝されていたお年寄りの姿があまり見えない、と小原宮司は寂しそうに言われた。一方、震災以降この地区でボランティア活動を続けている若い人たちが祭りに参加し、もり立てていた。
 ここで生まれて77年間住みつづけ、今は仮設住宅にいるという女性が話してくれた。「ここは海岸のほうまでずっと家が建っていましたが、全部流されました。このお祭りを見ると感慨深いものがあります。昔はもっと賑やかなお祭りでした。でも、今日はこのお祭りで人が戻ってきた。お祭りは大事だね」。
(原 章)

氏地巡幸
氏地巡幸

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