宮城県石巻市

雄勝胴ばやし獅子舞味噌作愛好連

おがつどうばやしししまいみそさくあいこうれん

雄勝胴ばやし獅子舞は、600年にわたって旧暦10月19日に新山神社に奉納されてきたという。もうひとつの大きな役目は正月3日に行われる春祈禱。家々を回って悪魔払い、家内安全を祈禱する。しかし、東日本大震災で装束や笛、太鼓が流されてしまい、残ったのは法被が1着だけ。まつり応援基金でそれらがそろったいま、後継者を育て、地元の役に立つことを願って、活動が再開された。

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◎新山神社の秋の祭典

 平成24年(2012)11月4日朝、宮城県石巻市雄勝(おがつ)町上雄勝にある新山(にいやま)神社の下に数軒の出店が並び、200人近い人々が集まっていた。本殿には小田道雄宮司と氏子総代の方が座り、秋の祭典が始まろうとしていた。その光景は雄勝の復興の第一歩を象徴しているように見えた。
 新山神社は、東日本大震災の津波で社殿がすべて流された。それから1年8カ月近く経って、神社本庁、宮城県神社庁、伊勢神宮、鹿島建設の支援を受け、宮城県で最初の被災神社の復興として小高い丘の上に再建された。とはいえ、社殿は以前あったものと比べるとかなり小さな建物である。

新山神社社殿

◎お祓いとして踊られた獅子舞

 祭典終了後、氏子総代の遠藤卯之助さん(86)が、「みなさん、どうか雄勝に帰ってきてください。人が帰ってきてこそ町が再生するのです」と切実な思いを語った。つづいて雄勝胴ばやし獅子舞味作愛好連会長の川田徳雄さん(74)のあいさつで獅子舞が始まった。
 祭り囃子の笛と太鼓の音に合わせて、大獅子と小獅子が踊る。太鼓の下には、「復興祈願」の文字が書かれていた。やがて、2体の獅子が神社まで駆け上がり、獅子頭をとって新山神社を参拝した。それから、獅子は石段を下って観客の頭を嚙んでゆく。
 「胴ばやし獅子舞は約600年の伝統があります。私は仕事で大阪に20年ほど住んでいましたが、雄勝町に戻ってから胴ばやし獅子舞と出会いました。そして、この伝統芸能が絶えようとしているのをみて、これを残そうと昭和38年(1963)に胴ばやし獅子舞味噌作愛好連を立ち上げたのです」と川田会長。
 「胴ばやし獅子舞は、もともとは雄勝法印神楽の三十三番の中の1つの演目で、旧暦10月19日に新山神社に奉納するものでした。最大の役目は正月3日に行われた春祈禱です。雄勝町の家々を回って悪魔払い、家内安全を祈禱していました。しかし、東日本大震災で装束や笛、太鼓が流されてしまい、残ったのは法被が1着だけでした」

川田徳雄会長

◎解散を食い止めたまつり応援基金

 そんな状況の中、川田会長は、胴ばやし獅子舞味噌作愛好連をやむなく解散しようと思ったという。そのとき、まつり応援基金の話を聞いて申請した。「去年の12月までに笛や太鼓がそろい、最近、獅子頭が完成しました。ありがたいことです」
 胴ばやし獅子舞味噌作愛好連の会員は25名で、そのうち子どもは8名、女性は5名。残念ながら1人の方は津波の犠牲になったという。震災後は老人ホームや仮設住宅などで公演をして被災者を元気づけている。

太鼓

◎まず地元の役に立ちたい

 川田会長は、今後の雄勝町のことを思うと気持ちは複雑だという。「震災後、胴ばやし獅子舞味噌作愛好連が敬老会で披露したとき、お年寄りがいっしょに踊ってくれ、感動しました。地域の方々に慕われるのがいちばんうれしいのです。ただ、雄勝町をどのように再生するかは見えていません。その第一歩として祭典をしているのに、行政の人がほとんど来ていないことは残念です」
 最後に「今後は子どもたちに教えながら後継者をつないでゆきたいと思っています。本当にこの胴ばやし獅子舞をやりたい人を探して、子どもたちをスカウトしてゆきたいです。今後の夢として、来年1月3日の春祈禱をぜひ行いたいと思っています。残っている19世帯だけでなく、仮設住宅すべてを回りたい。まず地元の役に立ちたいのです。それが、この胴ばやし獅子舞の役割だと思うのです。そこから雄勝の再生を祈念したいのです」と会長は熱く語った。
(須田 郡司)

新山神社参拝

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