福島県南相馬市鹿島区

山田神社植樹祭

やまだじんじゃしょくじゅさい

平成27年(2015)5月3日、日本財団が震災復興支援として取り組む「鎮守の森復活プロジェクト」の一環として、福島県南相馬市鹿島区の磯ノ上(いそのうえ)公園にある山田神社で「みんなの鎮守の森植樹祭」が開催された。快晴に恵まれたこの日、地元の方や呼びかけに応じた人など500名以上の方が参加した。

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◎山田貞策による八沢浦干拓

 磯ノ上公園から北を見ると広大な農地が広がっているが、ここはもともと八沢浦(やさわうら)という350ヘクタールの潟湖(せきこ)だった。明治になると干拓して新田を開発することが期待されたが、潟湖内の排水は容易ではなかった。

 明治39年(1906)、事業家の山田貞策(ていさく)がこの地を訪れる。山田は慶応3年(1867)に岐阜県養老町の庄屋の家に生まれた。独学で排水機の研究を行い、高性能の排水機をつくっている。

 山田は私費を投じて八沢浦の干拓事業に乗り出す。工事は明治40年に始まり、昭和9年に完工したが、莫大な費用が投じられ、11人の犠牲者を出した。しかし、そのおかげで広大な水田が生まれ、200戸あまりの人々の暮らしを支えるようになった。

 山田は、出身地の岐阜では村長や県会議員を務め、さまざまな社会貢献も行っている。八沢浦干拓地の耕作農民には山田を慕う人々が多く、その偉業を後世に残そうという声が起こる。そこで昭和3年、磯ノ上にあった山田の居宅跡を整備して公園にし、そこに銅像が建てられた。その後、磯ノ上公園には、干拓工事の殉難者11名の慰霊碑なども建立されている。

山田貞策

◎山田神社の歴史

 昭和16年(1941)、磯ノ上公園に八沢浦干拓地の総鎮守として神社が建立された。祭神は農業の神・大年神で、山田の徳を後世に伝えるために名称は山田神社とされた。山田貞策は昭和19年に78歳で静かに息を引き取った。

 磯ノ上公園に建立された山田神社は昭和38年に火災で焼失したため、干拓地の中に遷して再建された。ところが、平成23年3月11日、東日本大震災が起き、山田神社も社殿が流失した。磯ノ上公園のある高台は避難場所に指定されていて山田神社の氏子さんたちも避難したが、ここも津波に呑み込まれ、多くの方が犠牲になった。

 震災後、被災地支援に来ていた熊本県天草郡の志岐八幡宮(しきはちまんぐう)宮司・宮﨑國忠さんのつなぐご縁で、熊本県立球磨(くま)工業高等学校の生徒さんたちが造った社殿が山田神社に寄贈されることになった。山田神社はふたたび磯ノ上公園でお祀りされることになり、この社殿が仮社殿として檜(ひのき)の鳥居2基とともに設置された。鳥居には、画家のはとさんが、津波で亡くなった方たちの数だけ「ぽっぽさん」を描き、「鳥いっぱい鳥居」になった。やがて、日本財団が社殿の復興を支援することが決まり、山田神社は再建に向けて本格的に歩み始めた。

旧山田神社
山田神社

◎植樹祭

 植樹祭で、山田神社の森幸彦宮司は、「今日植えた苗木が100年後、200年後には鎮守の森になり、みなさんが憩える心の森にしていきたい」とあいさつした。続いて神社本庁総長の田中恆清さん、球磨工業高校教諭の松葉英星さんらのあいさつのあと、詩人の和合亮一さんらによって創作神楽「ふくしま未来神楽」が奉納された。和合さんたちは、犠牲者への鎮魂と被災地の再生と希望を祈る作品「白はだし」を全身全霊で朗唱、その間、書家の半沢紫雪さんが、良寛さんが地震のあとで記した詩を見事な筆さばきで書いていく。

 いよいよ植樹が始まった。
 この日はタブノキ、シラカシ、アラカシ、スダジイ、サカキなど25種約3,000本の苗木が用意され、神社の周囲約620平方メートルのところに植えられた。

 山田神社の氏子で、植樹祭に参加していた南相馬市議会副議長の細田広さんと区長の上田善行さんにお話をうかがった。細田さんは、「食糧危機のときに干拓して水田にしてくれた山田さんはすごい方。氏子にとって本当に大事な神社です」。上田さんは海にいちばん近いところに家があった。そのため、大津波で家は流されたが、幸い家族は避難して無事だったので、自分のところはまだいいほうだとおっしゃる。上田さんは曾祖父の方から、自分たちのころは船で苗を運んでいたと聞いたそうだ。細田さんも、「小中学校の頃はまだ膝までぬかるみの水田でした。それでも感謝です」という。そして、「社殿ができて圃場整備が終わったら、ここで盛大なお祭りをやるのが夢です。森が育ったら、いまとはすっかり雰囲気が変わるでしょうね」と目を細めた。

 植樹祭が終わってから、森宮司にお気持ちを語っていただいた。「多くの方が亡くなったここに神様を遷(うつ)すことになったのは、御霊(みたま)が呼んでいるような気もします。ここを宗教に関係なくだれでも祈れるような場にしたい。世界で何か災害があったら、その犠牲となった人たち、悲しんでいる人たちに祈りを捧げるような場にしたいと思っています」。

 現在、新しい社殿の建築が進められており、平成28年9月11日に竣工遷座祭が行われる。
(原 章)
*山田貞策写真提供:山田裕氏

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